告別(C end) Category:小説昇順 Date:2018年01月28日 目的地に近付くにつれフロントガラスを叩く雨脚が強くなる道のりを、レオンは逸る気持ちを押さえながら車を走らせていた。幸い複雑なことにはならなかったとはいえ、同行の他エージェントも驚く程の集中力で予定していた案件の調査を終え、クリスの元へと飛んで帰る途中だ。顔を見れないと、不安になる。クリスは、レオンを拒まない。いつも穏やかに受け入れてくれる。それなのに何故か、レオンにはクリスに愛されているという自覚がいまいちはっきりと持てずにいた。長く離れていれば居る程、彼の気持ちも離れていってしまうような気さえする。そんなはずはないと、何度も自分に言い聞かせているが、たとえクリス自身に否定してもらえたとしても、安心はできなかっただろう。会う度に身体の繋がりを求めてしまうのも、つかみ所の無い彼の気持ちを繋ぎ止めようと必死になっている現れだった。けれども、レオンはクリスが自分の物でいてくれるのならそれで良かった。真実を暴き立てて、彼を手放さなければならなくなることのほうが、恐ろしかった。クリスをこの手に抱いてしまってからずっと、彼に依存している自分がいる。…物心ついたころから、独りだった。幼い頃に亡くした両親の面影も、大人になった今では随分と希薄になっている。人並みに付き合いはあったし、信頼できる人も、幾人かの恋人も持った。寂しさ等感じた事はなかったし、自分を特別孤独だと思ったこともない。むしろ、身軽で好都合だとさえ思っていた。こういった身の上になってからは尚さら。彼が、”家族”と呼ぶものの、暖かさを知るまでは。クレアや、彼の大切にする仲間たちに、嫉妬めいた感情さえ湧いた。クリスが自分の心を傷つけてまで大事に大事にいつまでも抱えている彼らへの想いは、あの日あの街で起こった悪夢を皮切りに汚い人間の欲望をまざまざと見せつけられ続けてなお、戦いに不向きな程優しく、愚かで痛々しいが、美しかった。そんな彼の心が自分へと注がれている。その甘さを知ってしまった今、失う事がこんなにも怖い。もしも失ってしまったらその時、自分がどうなってしまうのかも。「ほんとに慣れてるんですね」無遠慮にクリスの中に押し入り、憎々しげな声色でピアーズが呻く。「でも、凄く狭い…」そして興奮を押さえきれない熱く湿った吐息が、クリスの唇をなでた。ピアーズが思う程、クリスはそれに慣れているわけではなかった。レオンはクリスの負担になる行為は最低限に押さえていたし、する時はことさらに丁寧に事に及んだ。焦る様に性急に繋がりを求めるピアーズに、クリスを気遣う余裕はない。けれども「クリス、好きです。」耳元で告げられる言葉にぞくりと背中が粟立った。貴方も、俺のこと好きでしょう?「嫌なら俺のこと殴り飛ばして、二度と触るなって言ってみなよ。」できないでしょ?事実、クリスの力でピアーズに抗うことは難しくはない。でもクリスには殴れない。嫌だ、と言葉は口をついて出るが、こんな状況で、拙く荒々しい独りよがりな愛撫も、それがピアーズのものだと思うと愛しかった。レオンの顔がちらつく。どちらつかずの自分への嫌悪感、そんな自分のせいで道を外れたピアーズへの哀れみ、罪悪感、レオンへの懺悔、めちゃくちゃになった感情を抑えるのが精一杯で、固く目を閉じたまま、乞われるがままにピアーズの情熱に揺すぶられ続けた。カーテンの隙間から差し込む光でクリスは目を覚ました。いつのまにか雨は止んでいる。ベッドへ移った記憶も曖昧に、ぼんやりと寝返りを打とうとして腰に回されている腕にぎくりと身体を強ばらせた。ピアーズが背中から身動きも出来ぬ程しっかりと抱きついている。起こさないようにそっと腕を外そうとしたが、それに抵抗するように余計にぎゅっと腕の力が強くなった。「ん…くりす、起きたの…?」どうやら起こしてしまったようだ。どこにいくんですか?と目を擦りながらも、半分起き上がりかけていたクリスをまたベッドの中へと引きずり戻した。驚いてクリスが離れようと身じろぎすると、照れてるんですか、かわいい、と、妙に上機嫌でキスをしかけてくる。甘い恋人同士にするような雰囲気にクリスは戸惑った。ピアーズは昨夜クリスが言ったことを忘れてしまったのか。それとも、行為を受け入れたことで、誤解を与えてしまったのだろうか…。「や、駄目だ、ピアーズ、待ってくれ」「どうして?ね、まだ、時間あるでしょう…」「そ、そうじゃない…」色のこもった仕草で触れてくる手をなんとか交わし起き上がると、しぶしぶながらピアーズはクリスの上から退いた。「ピアーズ、その…」「まあ、いいや。夜まで待ってあげますよ」ベッドを降りるクリスを片肘を付いて愛しげに見やりながら、悪びれずにそんなことを言う。クリスは曖昧に言葉を濁して足早にバスルームへ逃げ込んだ。何かに急かされる用に湯を浴びて身体を流す。何かおかしい。まるで噛み合ない会話。自然に愛し合ったかのように振る舞うピアーズの意図が解らず戸惑いが抜けずにいる。どちらにせよ、このままうやむやにするわけにはいかない。双方が落ち着いてるうちにきちんと話をしなれば…。だが、何をどう話せば良い?自分でも、どうしたいのか解らなくなってきてクリスは頭を抱えた。昨夜負担を強いられずしりと鉛を飲んだ様に重い自分の身体。いくらシャワーで流しても罪悪感を拭えない。その時、寝室の方から派手な物音が聞こえた。「レオン…」最悪なタイミングだ。濡れた髪もおざなりにクリスが部屋に踏み入ると、2人の男が睨み合っていた。先ほどの大きな音はサイドテーブルが倒れた音だろう。床に投げ出された物がちらばっている。緩く羽織られたピアーズのシャツの胸ぐらを掴んだレオンが、いまにも殴りかかろうと右手を握りしめているところだった。クリスを一瞥すると腕を下ろして乱暴にピアーズを突き放し、よろけたピアーズは倒れまいと踏鞴を踏んだ。「ピア…… っ!」倒れそうになったピアーズのほうに思わず足を向けてしまったクリスの動きは、そこへ近付く前にレオンに封じられる。「そう…こいつをかばうんだな、クリス」見た事も無い冷たい青い瞳がクリスを射抜いた。「くっ…」ぎりぎりと音が鳴りそうな程強い力で握られた二の腕が燃える様に熱い。「その手を離せ!」今度はピアーズがレオンに食って掛かるが、「自分のものみたいに言ってんじゃねえよ」怒りを抑えた低い声に一瞬たじろがされる。しかし、次の瞬間ピアーズは心底おかしそうに笑い出した。「あんたの顔、知ってるよ。レオン・ケネディ。D.S.Oのエージェント様。なんか、勘違いしてるんじゃあないですか?」本当に、自分が愛されてると信じていたんですか?「ピアーズッ…何を…」「クリスは、俺を忘れて身を引くために、あんたを受け入れたんだ。」ねえ、そうでしょう。クリス。俺の婚約話が出てから、貴方の態度がおかしくなって、急に恋人なんて作って…。「クリス、あいつは何を言ってる」「…」クリスは何も口を挟めない。自分では、レオン自身を見ているつもりだった。しかし、ピアーズの言っていることもまた、真実だからだ。「でも、もういいんですよ。もう自分の気持ちに背かなくていいんだ。俺は解っています。昨夜解った……貴方を抱いて」昨日の貴方の、可愛いことったらなかった。「おまえ…」「ピアーズ!」レオンの目の色が変わった。が、手の力が緩んだ隙にクリスが2人の間に割って入ると鋭い声でピアーズを制した。「支部へ戻れ。…命令だ」「たい…っ、クリス!俺は…俺とあんたは」「ピアーズ……頼む」横暴を言っている自覚はあったが、今は隣で静かに怒りを溜めている男をなんとかしなければ。なんだかんだで習慣上、上官の声でこうまで言われるとピアーズは弱い。「わ、かりました…。けれど、このことははっきりさせて下さい」「ありがとう」納得できぬままピアーズは仕方なしに一旦身を引くことにした。レオンは、黙って2人のやりとりを見ている。何を考えているのかわからないクリスの「恋人」を、ピアーズは去り際に盗み見た。あの怒り用から、何をするか解らなかったが、ピアーズはレオンを知っている。まさかあのラクーンの生き残りでD.S.Oのエージェントが、クリスに酷いことをする筈はないだろう。と信じていた。「もどれ」ピアーズが出て行ってすぐ、レオンがクリスに言った。「え…?」「バスルームへ」濡れたクリスの髪に触れたかと思うと、雑な力で掴み上げた。「行け」そのまま有無を言わせぬ勢いでレオンはバスルームへクリスを押しこみ、服を脱がすのもおざなりにシャワーを浴びせ掛けた。「レオ……ぐっ」壁に押し付けて顎をつかみ上げるとあの冷たい目のままクリスを見やった。「身体を見せろ」残った着衣をすべて剥ぎ取ると、常時の名残も色濃い肌に眉を潜めた。レオンが着け、少し薄くなってきた跡を蹂躙するようにしつこく赤い痣が散らされている。そのまま強引に後ろを向けさせると、何の準備もせず付き入れた。「!!あ!やめ」「…」レオンは黙ってクリスの中を穿つ。自分以外の名残を掻き出そうとするかのように。いつもは饒舌なレオンが一言も言葉を発しないまま、思いやりのない行為にクリスは恐怖した。「あ、あ、っ!レオン…い、痛い」「…そうか」「あっ!」クリスに快感を与えようともせず自分勝手に蹂躙して、レオンは中に吐精した。「俺のものだ…」俺の物だ。お前が誰を思っていようとも、お前の思惑がどうあろうとも、俺はお前を手に入れた。そして、二度と、手放す気などはない。有無を言わさずレオンはクリスを犯した。バスルームでもう一度、そして昨晩ピアーズとクリスが過ごしたベッドで、再び。怒りのままにクリスへ感情をぶつけた。最初こそ弱く抵抗を示したものの、あとは嵐が頭上を過ぎ去るのを待つ様に、クリスはひたすらレオンの怒りを受け入れた。もともと疲れた身体に鞭を打ってここへ帰ってきたレオンは、何度目かの行為の後、いつのまにか眠ってしまっていた。クリスが裏切ったことへの怒りと、クリスが去ってしまうのではないかという恐怖、そして、クリスが愛したのが自分以外の人間であるという悲しみとともに、クリスをきつく抱きしめて、眠りへついた。けれども、目覚めた時、彼の姿はもう、どこにもなかった。「ニヴァンス隊長」「ピアーズでいい。それから、隊長じゃない。隊長代理だ」「は…」ピアーズの言葉に、まだ何にかいいたげな隊員を、マルコが目で制した。あれからクリスはピアーズの前に現れることなく、姿を消した。行方不明ではない。本部は知っている。けれども教えてはくれない。クリスは単独エージェントに立場を戻した。元々、オリジナルイレブンである彼にはそうできる権利がある。そうすると任務によっては、一介の隊員には内容を明かされない。上層部は納得しても、ピアーズは聞き入れない。αチームの隊長は、不在になっている。逃げたのか。俺からも、自分の気持ちからも。本部からクリスに代わって隊長につくようにと達しを受けピアーズは荒れた。他の隊員達も非常に残念がったが、一時期はピアーズを宥めることで感傷に浸る暇もないほどだった。しかしいくら独りでわめいた所でクリスには届かない。届かないなら、見つけ出すのみだ。そう難しいことではない。互いがBSAAとして繋がっている限り。「こういうときの俺は、しつこいんですよ…」安宿の、きしむ祖末な窓を力任せに押し上げると、クリスは煙草の煙を吐き出した。身体は疲れていたが、寝る前に武器の整備を済ませなければ。もう、それを注意する部下はいない。工業地域の空はなんとなくいつも曇っているように見える。片田舎の小さな企業都市は、どこかあの街を思い起こさせた。この宿命からは逃れられない。遠く距離だけ空けてみたところで、BSAAとの絆が切れることはない。だが、いまは、まだ。もう少し時間が欲しかった。…時間が、強い感情をも薄れさせると期待したかった。そして、組織に所属している限り、完璧に情報を遮断することは、難しい。「嫌な街だな」部屋に響いた声は、クリスのものではない。短くなった煙草をもみ消して声の主を振り返ると同時に顎を捉えられ口づけられた。苦い、と笑う金髪が、頬を撫でる。覗き込んでくる青い目から、クリスは感情のこもらぬ瞳を逸らした。できるなら、彼も己から引き離しておきたかったが…クリスが姿を消してから、レオンは突拍子もない行動に出た。本来内密に事を運ぶべき案件で派手に暴れる。事を大きくし、民間に情報が流れる直前まで行動を露出する精鋭エージェントは関係者達を大いに困らせた。混乱を引き起こす前にと、場の収拾のためにBSAAは腕がたち、レオンの旧知である人間を派遣した。クリスのほうから、出向いていくしかなくなってしまったのだ。二度と、手放す気はないと言っただろう。再会した時、レオンは恨み言も言わず、説明ももとめず、ただそうとだけ言った。「仕事は終わった。こんな街早く出よう」「…この件が終われば、俺はまた別の場所へ行くぞ」「いいね。もうあの犬どもの所には戻らないんだろう?」荷物は、少ない方が良い。俺も、お前も…。愛しさを込めた優しい仕草で、レオンはクリスを引き寄せた。冷たい態度も、強引な行為も、ピアーズと対峙したあの日一度だけだった。自分の感情がどうあれ、自分の存在は2人の害になる。そう思いどちらからも離れた。レオンに再会してからは、その思惑は外れてしまったが、己の身さえ与えていれば穏やかで優しい、以前の彼を取り戻せている。それが償いになるなら、自分にはそれしかできないから、そうしている。今はもう、レオンに対する感情が何なのか解らない。レオンはクリスに愛していると言う。愛しているから執着するのか、執着を愛と呼んでいるのか、レオン自身には、解っているのだろうか?クリスが素直に身を預けていれば、レオンはうやうやしく大切にクリスを抱いた。丁寧に扱われれば扱われる程、それほどの価値など己にはないのに、彼を欺いている気がして、クリスの心は冷えて行く。せめてピアーズだけは、俺を忘れて成すべき道を行って欲しい。最初はクリス自身が恋心に蓋をしながら側にいることが苦しくて、逃げていただけだった。けれども今のピアーズには、クリスのために全てを投げ出してしまいそうな危うさがあった。愛しいと思う気持ちより、愛しいと思う者が自分のために盲目になり間違いを起こしてしまうのが怖かった。だから遠ざけた。これで良かった。そう、思っていた。まるで幽霊を見た用な顔ですね。人好きのする快活な笑顔で、彼は笑っていた。「どうして…お前が」次の案件でパートナーとなる諜報部のエージェントと待ち合わせた場所にいたのは、クリスに代わってαチームを率いているはずの、ピアーズだった。「いやあ、がんばりましたよ。行動範囲レベルを上げないと、貴方を探しにいくことも出来ませんからね」まあ、オリジナルイレブンほどとは行きませんが。「SOAに移ったのか…」実働部隊であるSOU、そして調査や諜報でバックアップするSOA。ピアーズは軍所属経験者で戦闘スキルの高いSOUのエースだった。惜しい、と、最初にクリスが思ったのはそれだった。しかし隊員の個人能力によって決まる行動範囲レベルを上げるのは並大抵の努力ではなかっただろう。時間は何の解決にもならなかった。己の適所を捨ててまで自分を追って来たピアーズの決意に、逃げた自分の愚かさを後悔した。「じゃ、行きましょうか」けろりとした態度でピアーズは歩きだした。途中淀みなく状況報告する様子に既視感を覚える。また、こうして肩を並べることになるとは…黙り込んだまま後を着いてくるクリスを振り返り、ふとピアーズが歩みを止めた。どうかしたか、と訪ねるクリスの顔を覗きこみ、欲にギラついた眼光がクリスの瞳を捉えた。「早く終わらせて、貴方を抱きたい」クリスが愛した者とは真逆の、暗く響く声色だった。「あ、あぁ、やめ、跡は、つけるな…っ」「あんた……まだアイツに、会ってるんだな…っ!」離れていた間の空白を埋めようとするようにピアーズはクリスを貪っている。眠るためだけに用意された安宿のベッドがぎしぎしと耳障りな悲鳴を上げた。「まあ…いいです。こうしてまた貴方に会えた…」クリスの制止も意に介さず執拗に食らいついて痕跡を刻んでゆく。「もう、離しません…っ」「っく、うあ…!」より深いところで繋がろうとするように激しく穿ち、何度も息苦しくなる程のキスをした。愛してる、愛してます、クリス。うわごとのように耳に流し込まれる言葉が呪詛のようにクリスの感情を掻き回し、快感を無理矢理引きずり出していく。甘くとろけさせるようなレオンの愛し方とは違う、荒々しく奪うようなピアーズの愛撫。もう、クリスが、どちらかを一方を選べば収まるという話ではなくなった。夜が来る。男が訪れる。訪れる男は、クリスの身体に別の男の名残を見つけると、それを塗りつぶそうと躍起になってその身体を蹂躙する。そしてもう一方を挑発するようにまた、痕跡を残す。クリスを手放す気がない2人は、クリスが結論を出す事を拒んだ。クリスの意志など関係なかった。そしてその愛を得ることよりも、己の腕の中から失うことのほうを恐れている。強引に組み敷く有無を言わせぬ態度とは裏腹に、共に過ごす夜は2人とも縋るようにクリスに身を寄せた。クリスは逃げることを止め、ただ黙ってその晩に訪れる者の抱擁を受けて側で眠る。ただ、そうすることしか出来なかった。今夜も扉を叩く音がする。