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小説置き場です。

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Just wanna be with you

療養が必要な程の怪我ではなかった。だが、それを負ったきっかけがいつもは油断してても見落とさないような些細なミスのせいだということが、問題だった。
クリスは今、半ば強引に休養を命じられて、病院にいる。大事には至らなかったが自分の過失による、しなくてもよかった怪我。ようは、頭を冷やせ、と言われたのだ。
一度は拒否したが、自分の注意力が散漫になっているのは自覚していて、結局は了解せざるを得なかった。くだらない自分の機嫌のせいで、他を危険にさらす訳にはいかない。
自宅療養でもよかったが、入院を言い渡されるほどの重傷だと勘違いさせ心配をかけてしまった部下の必死で気遣わしげな態度を見てしまっては、それも気が引けて、病室で暇と罪悪感をもてあましつつおとなしくしている。
だいたいの事情を知るジルが一度、からかい半分に見舞いに来た。
「たいしたことなくてよかったわ。でも今のあなたに休養は確かに必要そうね」
寝不足の顔してる、と頬に触れた手の親指で、クリスの目の下に浮かぶ隈を撫でた。勝ち気な笑顔にほんの少し、心配をのせて。
ここ最近のクリスの無茶に組まれたスケジュールも知っているであろうが、それに関して彼女は何も言わなかった。
「現場に居合わせた貴方の部下達に質問攻めにあってまいったわ。レッドフィールド隊長は随分人望がおありだこと」
「すまない…ありがとう。今度何か埋め合わせするよ」
「当然ね。この私を心配させた分も上乗せしなさいよ」
ベッドサイドには、彼女が置いていったシックなシャンパンカラー基調の花束が生けられている。主張しすぎない色彩と香りがジルの、あの気持ちのいい性格を思い起こさせた。久しぶりに彼女と交わした軽口は、クリスの心を穏やかにしてくれた。
例えば、彼女となら。と想像する。
ずっと一緒にやってきた。共に傷つきながら。
あの町で私生活もしらないただの同僚だった頃は微妙に存在した距離もいつのまにか無くなっていて、今はお互いの欠点すらもよく知っているし、同じ未来を見据えて一緒に居る。たぶん、一生。
手放しで背中を預けられる女性というのは、希有な存在だ。
自分はどんな場面であっても彼女のために死ぬことは厭わないし、彼女もまた、そうであってくれるだろう。
完璧なパートナー。
だけど。
…彼は。
サイドテーブルに乗った普段使いの端末を横目で見る。彼からの連絡は、ここしばらく途切れていた。
(いや、もう、無いかもしれないな)
距離を置こうと言ったのは自分だ。それがその通りになって、何も問題はないはずなのに。
怪我をした時、一瞬の窮地に陥った時に頭に浮かんだのは、あのじっと見つめてくるペールブルーと、彼とすれちがったままで終わってしまった後悔だったのだ。



命に別状はなくても、傷は痛む。
その時クリスは鎮痛剤の作用で、うとうとと微睡んでいた。
さらり、と何かが脇腹に巻かれた包帯の上から触れるのを意識のどこかでぼんやりと感じる。
みじろくとその何かはぴたりと動きをとめたが、やがて再びおずおずとそこに触れ、ゆっくりと留まった。じわりと伝わる暖かさが優しく傷を包む。
ジルよりも大きな手だ。誰かは、すぐに解った。
「レオン、来たんだな」
目を閉じたまま呼ぶと、さっと包帯の上の手が離れた。
ゆっくりとそちらを仰ぎみれば、きっと滅多に人に見せた事の無いだろう、情けない表情とかち合って、思わずクリスは微笑んだ。そんな顔を見たせいか、先ほどまで眠っていたせいだろうか、あんなにも感じていた気まずさは不思議とクリスには無かった。
「怪我、を」しばらくの沈黙の末、レオンが口火を切った。
「お前が、怪我をして戦線から退いたと、聞いて。知ったのは、一日後だったから、俺、お前がどうかなってたらどうしようって、そればかり」
らしくない、たどたどしい口上でレオンは言う。
「あんな仕打ちをしたのが、俺とお前の最後になってたかもしれないって考えたら、お前が無事だと解ってももう、いてもたってもいられなくて」
だから、来てしまった。
馬鹿なやつだ、とクリスは思ったが、ただの軽口でもそんなことは言えなかった。馬鹿は俺だ。考え過ぎて要らぬ怪我をするほど、想っていたくせに。
クリスがベッドから起き上がろうとするのを、レオンがあわてて止めた。
「大丈夫だ。本当は入院するほどの怪我じゃないんだ」
「それでも、安静にしておいたほうがいい」
「平気だよ。…俺の周りは、心配性なやつばかりだな」
茶化すように言うと、むっとした声で、ほかには、誰が?と聞かれる。
「他って?」
「俺以外に、お前に過保護な奴」
クリスは呆れた。過保護って。自分のどこに保護される要素があるというのか。
「…その、花は?」
怪訝な顔でいるクリスを差し置いて、ふてくされたような声のままレオンが顎でジルの花束を指した。
「同僚の女性が見舞いにくれたんだ。彼女のセンスは良いが、俺に花なんて、似合わないよな」
上品な色合いの花束。けれども今はそれよりも、横に居る少しくすんだブロンドと、不安げに揺れるペールブルーがより鮮やかにクリスの視界に映っている。
「俺も…用意したんだ、花」
彼女の花束を見つめたまま、レオンは言う。
それらしいものは見当たらず、クリスは続きの言葉を待った。
「病院の前まで来て、やっぱりいらなかったかもしれないと思い直した。男が花なんてもらっても迷惑だよなって…。それでも俺はお前に贈りたくて、花を選んでた時は喜んでもらえるだろうと浮かれてた。けど、病院が見える所まできて、急に怖くなった…。お前は優しいから、きっと笑ってありがとうと言って受け取るだろう。だけど内心はきっと、”こんなもの渡されても困る”って思うんだ…変かもしれないが、俺には、それが、まるで俺のお前への気持ちみたいで」
怖い。自分の押し付けがましい気持ちが、お前を傷つけることが。そしてそれ以上に、この気持ちがお前にとって迷惑でしかないという事実が。こんなにお前を想っているのに!

もう、何も考えずにクリスはレオンを抱きしめた。

レオンは突然のことに戸惑い、傷が、と気遣いの言葉をかけたが、やがてためらいがちにクリスの背に手をまわし、それがらがむしゃらにその背と腰を抱き寄せた。
「クリス、酷いことをしてすまなかった。だけど、どうか解って欲しい。お前が大事なんだ。色々考えたけど、結局はそれだけだ。お前が好きだ。傍にいたいんだ——」
ベッドに座ったままの姿勢で抱きしめられて、脇腹の傷が引き攣れたが、クリスは構わずレオンの首を抱き寄せて、触れるぐらいに口づけた。
「お前が謝ることはないんだ。俺が馬鹿だった。
建前ばかりならべて、本当は解っていたのに。俺は、お前が…」
最後の言葉は、今度は向こうから塞いで来た唇の中に消えた。
この関係に未来がなくてもかまうものか。
別れはいつかくる。寄り添って生きることも共に死ぬことも叶わないだろう。
終わりの見えない戦いの中、互いに知る事もないまま、別々の戦場で死ぬかもしれない。
ただその時が来るまで、今この瞬間、お前と抱き合って、キスができたら良い。今だけは、それがすべてだ。

(お題:花を、あなたに)





「ところで、その花、結局どうしたんだ?」
「…捨てるのも気が引けるから、ナースステーションにあげた」
「お前、変なところで不用意だよな…(頻繁に部屋の前を通る不自然なナース達を見ながら)」