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小説置き場です。

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呼び鈴が鳴っている

夢を見ているような心地でレオンは見慣れない天井をぼんやり眺めている。
冷静に思い返せば、昨夜は大した事をしたわけではなかった。子供みたいなキスをして、一緒に眠った。それだけ。
それだけのことが、何度思い返しても現実味がないぐらい幸福で、クリスのベッドに一人で寝転びながら幾度も反芻している。
肝心のクリスは今はここにいない。本部から呼び出しがあり早朝に出かけてしまった。
心配する自分を、緊急事態ではないようだから、と笑ってなだめていったクリスの、昨日の今日で少し居心地わるそうに照れた表情を思い出して、レオンはほくそ笑む。
さも偶然かのように振る舞ったが、クレアに連絡を取ったのはレオンのほうからだった。兄の、それもわざわざクリスマスの予定なんかを聞きだそうとする友人に訝しげにしていたクレアだったが、クリスにはプレゼント、と言ったらしい。単純に兄を気遣ったのか、それともレオンの思惑に気付いているのか。それは解らないが、彼女には礼を言わねばならない。
今日、想いを打ち明けようと決めて来た訳ではなかった。あわよくばという気持ちはあったが、それよりもとにかくクリスに会いたかった。
思っていたよりもレオンの訪問を歓迎してくれたクリスが、自分のチームの話になった時にどことなく鬱いだ様な声色になっていたことに、本人は気付いていただろうか?少し酒が入ったこともあって、取り繕うこともできなかったのだろう。彼はきっと今、何かチームに絡んだ悩みを抱えている。
自分なら…、とレオンは思った。自分がそばにいたなら。あれほどまでにクリスに心酔する人間が集まっていながら、彼を気遣える者は周りにいないのか?クリスが無理をする質で、仲間や、それこそ部下に弱みなんて見せないであろうことはレオンにも解る。わかってはいるが、そう思わずにはいられない。
苦しいときは、自分を頼って欲しい。
そう思う気持ちが、本当にクリスを気遣っているからというよりも、身勝手な独占欲からくる感情だということには、いくぶんか前に気付いていた。気付いたころにはとっくに、あの朴念仁な友人の兄を、そういう意味で好きになってしまっていたのだ。
そして、クリスにも自分を同じ用に愛して欲しい。
だから、少しずつ取り入るようにした。クリスは良くレオンのことをいいやつだと言った。優しい男だとも。あたりまえだ。そう思われる様に、振る舞っているのだから。あの愛すべき正直な男は、こちらが好意をみせれば、それと同じ好意を返してくれる。
クレアとクリスが、どれだけ離れていても無条件で揺るぎない信頼を寄せ合う兄妹であるように、自分のことも心から受け入れて欲しい。クリスに羨ましいと言ったのは本当で、思えばあの2人の絆を知ってから存在を意識し始めたように思う。あの頼もしくも不器用な優しい男に、これほどまでに愛されたら、どれだけ幸せだろうかと。
ただそれが、まさか肉欲まで伴う感情になろうとは、流石に初めは予想もつかなかったが。

昨夜、一線を越えようと思えばできたかもしれない。
静かにキスを受け入れて、少し緊張しながらもこの腕に抱かれて眠ってくれた。重いぞ、腕が痺れるぞ、なんて、何度も確認をとってきたのが可愛かった。とまどいながらも受け入れようとしてくれているのがレオンにもわかった。
次は、我慢できる自信がない。だが、その前にクリスの答えが聞きたかった。


クリスが戻るまで待っているつもりのレオンだったが、出動の内容も聞いておらず、今日中に帰ってくるのかもわからないのでどうしようかと考えはじめた頃、彼は帰って来た。そろそろ夕方に差し掛かるかという意外に早い時間だった。
だいたいのあらましを聞くと、ある事件で捕まった容疑者かウィルス絡みと思われる供述をしたので、裏付けをとるためにBSAAが呼ばれたようだ。「結局は事態を混乱させるための狂言だった。あとは、俺の仕事じゃないからな」
悪質な嘘をつく奴がいるよ。とため息をつくクリスに、まあ、何事もなくて良かったよ、とレオンは声をかけた。
ふたりとも、冷静を装ってはいるが、どこか空気が浮ついている。
「…待っててくれたんだな」
クリスが、おずおずと切り出した。そうだ、お前の返事が聞きたくて。そう、答える前に、手が出ていた。

それでもやはり、クリスは大した抵抗なぞしなかった。

昨夜より少し強引に引き寄せて、ゆるく結ばれた唇を舌でこじ開けた。途端にびくりと身体を戦慄かせて一瞬逃げそうになる腰を捕まえ、レオンは口付けを続ける。深く、深く。時折漏れる押し殺したような吐息が、レオンの情欲を煽る。
そのままクリスの背を壁に押し付けると、ゆるく胸板を押し返されて、レオンは名残惜しげに唇を離した。ちゅ、と僅かな水音が響く。
「クリス、お前が好きだ。ずっと…好きだったんだ」
息を整えたクリスが何か言おうとするのを遮って、レオンが告げた。あんなに聞きたかったはずのクリスからの答えは、土壇場になって聞くのが怖くてたまらない。もし、今拒まれて、止められるか?頼む、クリス。乱暴にしたくない。どうか、このまま。
「…レオン」
ありがとう、と、クリスは言った。
語尾を少し振るわせて、はにかむように微笑んでいる。
レオンにとって、それはイエスと同義だった。





その日の朝、本部からの呼び出しに応え、クリスはゆっくりしていてくれとレオンに告げて家を出た。昨夜からのことで少しばかり気まずい雰囲気があったが、決して悪いものではなかった、ように思う。
クリスにとっては突然知らされたレオンからの気持ちに、もう少し時間を置いて考えたかったので、言っては何だがこのタイミングはちょうど良かったのかもしれない。昨夜は一度キスをしただけで、何もなかったが、あと少しレオンが踏み込んで来たら。きっと自分は流されてしまう。
レオンがどこまで本気なのか、クリスは計りかねていたが、曖昧な気持ちで応えてはいけない予感めいたものを、漠然と感じている。
道中、詳細を聞きながらクリスが到着したころには、先に出動した十数人がすでに現場の捜索にかかっていた。容疑者の証言は眉唾だったが、万が一にもウィルスが流出する危険があるのなら早急に対処しなくてはいけない。準備されていた装備を整えて、自分も捜査に加わるべく件の建物へと足を進める。
「あ…クリス隊長…」
初動措置隊に合流したところで、居る筈がないと思っていた相手に出会い、解りやすく面食らった顔をしたクリスにピアーズがいつかと同じようにおずおずと呼びかけた。
「お前、どうして」地元に帰ってるはずじゃ、と言いたいであろうクリスに、バツが悪そうに苦笑いする。
「すみません、俺、どうしても気になって」
「…まあ、いい。とりあえずその話はあとにしよう」今は任務に集中しよう、と、現状の確認を求めたクリスに、いつもどおり淀みなくピアーズは報告を始めた。


「それで、どうしてまだこっちに?」
だいたいの撤収作業を終え、解散の号令をかけた後、引き上げる隊員達を横目に、クリスがピアーズに問いかける。
「そんなに俺は頼りにならないか?」
「いえ!あの、全然、そういう意味ではなくて!!」
あの、変な事言うかもしれないけど、笑わないでくださいね?と、彼にしては歯切れの悪い物言いをするので、クリスは本当にピアーズが言いたい事がわからず首を傾げた。
「…俺、嫌なんです…。俺のいつものポジションに…その、隊長の隣に」
別のやつが立つと思うと。
小さい声で、確かにピアーズはそう言った。
何故、と思わずクリスが呟く。ピアーズはあわてて、「すみません、変ですよね!勝手に周りと張り合って」と弁明を始めた。
「でも、隊長の右腕として…って、俺が勝手にそうなりたかっただけですけど…最近は周りのやつらからもそう言われるようになって、口の悪いやつなんかは、”キャプテンの犬”だなんて言うけど、俺は、俺を見出してくれた隊長の役に立てるのが嬉しくて、えと、それで、それが、俺の誇りなんです…」
あの、俺いまめちゃくちゃ恥ずかしいこと言ってますよね、と、ピアーズが照れとバツの悪さをごまかそうと、あらためてこんなこと言わせないでくださいよ!なんて、未だ反応をしあぐねているクリスをちゃかすように笑う。
どうして、
どうして、そんなことを言う。
沸き上がってくる、”隊長として”だけではない喜びに必死で蓋をしながら、クリスは嬉しさと、絶望の入り交じった感情を握りしめてピアーズの前に立っている。
自分はこんなにも彼に想われている。尊敬すべき隊長として、目標とする人間として、理想の男として。最高の讃辞だった。そして、もうそれ以上でも、それ以下でもない。それ意外には決して、なり得ないのだ。
いま、ここにいたくない。彼の隣には。

無性に、レオンに会いたい。







どうしよう、隊長に引かれたかもしれない。
そのまま直帰すると去って行ったクリスの、車のタイヤ痕を見るともなしに見ながら、ピアーズは少し後悔していた。
本当のことを言っただけだし、すでに周りにも普段から公言しているようなことだったし、何も後ろめたい気持ちなんて無いのだが、いざ言葉にするとスマートには行かず、それどころが言ってるそばから自分でもなんだか気持ち悪い告白をしているような気になってきた。
実際、同僚達は普段なかなか会えないフィアンセ(まだ正式に婚約したわけではないとピアーズは嘯くが)をほっぽってきたピアーズにあきれて一斉にため息をついた。
「お前はさ、『仕事と私どっちが大事なの!』って言われて、迷わず仕事を取るやつだよなぁ」うんうんと、何故か納得したように数人がうなずく。
「いや、別に、彼女はそんなこと言わないし。そもそもそれって比べられるような話じゃないだろ」
「あ、じゃあさ」ピアーズの場合はこうだよ。と別の一人が言った
『クリス隊長と彼女どっちが大事なんだ!』
どっと周りが湧いた。そりゃだめだ。ピアーズにそんなこと聞くのは野暮だよ、と盛り上がっている仲間達を尻目に、当のピアーズは神妙な顔をして黙り込んでいる。
なんだ自覚ないのか?とからかってくる声や、すまん、冗談だよ、とすまなそうにかけられる声も耳にはいらない様子で、しばらく思考を巡らせたピアーズは、すまないが、俺もこのまま帰るから、と言って場を後にする。
そもそも本来は休暇扱いでシフトにも入ってないピアーズを、同僚たちは快く見送った。


数回訪れたことのあるクリスの自宅のそばにバイクを止めて、ピアーズは迷っていた。
思わず後を追って来てしまったが、なにを伝えるつもりなのか、まだきちんとまとまってはいない。
本当は、何事もなく任務が追われば、自分の我が侭を聞いてくれた彼女の元へ即効で帰るつもりだった。それなのにまだ、連絡すらも入れていないことに、ここにきてようやっと気がつく始末だ。
そして、ここまでバイクを飛ばしている最中、一度も彼女のことを思い出さなかった事に罪悪感を覚えながらも、自分でもなんとなく納得していた。己の気持ちの行く先に決着をつけねばならない時が来たと、薄々と気がついている。
ともかく、自分のあの変な自己主張を聞いたあとのクリスの微妙な態度が気になるし、このままなんとなく流されるのも心苦しい。もしピアーズの執着めいた言動に気分を害してしまったなら、うやむやになる前に謝っておきたい。
とはいえ、表現はどうあれ正直な気持ちだったので、何について謝ればいいのか…
しばらく考えが右往左往したが、元来まずは行動に起こしたい性質だ。
よし、と一度深呼吸して、バイクを降りると、その扉の前へと向かった。










呼び鈴が鳴っている。
起き上がろうとするクリスを、レオンが捕まえてベッドに縫い止めた。
「あ…レオン、誰か、来…」
「いいから。いかないで。」
ほら、集中して…と甘くクリスの耳元に吐息を吹き込むと、びくびくと腕の中の身体が震えた。中に埋め込まれた指が、クリスのささやかな抵抗する意志を溶かして行く。
レオンはともすると情欲のままに責め立てたくなる衝動を押さえながら、与えられる快感に翻弄されて跳ねるクリスの身体を、ゆっくりと暴いて行く。
生理的なものからか、または別の理由があるのか、クリスの眦から涙が一粒滑り落ちた。その跡を追うようにレオンが口づけると、ふっと短く息を飲む声が聞こえる。
クリスは優しくされたがっていると、レオンは感じていた。きっと無意識だろうが、甘い言葉をかけたり、髪を撫でたり、気遣う仕草を見せると、潤んだ目が嬉しそうに細まった。ならば、好きなだけ甘やかせてやろう。嫌なことがあるなら、忘れてしまえばいい。俺が、忘れさせてやる。

来客を継げるベルは、控えめな長さで間隔を空けて何度か鳴ったが、やがて止んでしまった。






告白

ピアーズの生まれは、田舎のごく一般的な中流家庭だ。多くの若者がそうであるように、明確な未来のビジョンなぞまるで無かったが、漠然と普通に年を取り、いつかは自分も家庭を持つのだろうと思っていた。その考えに変化が訪れたのは、BSAAに入った時…いや、それよりも前、ちょうど軍属した頃から、少しずつ風向きが変わってきていた。
簡単に言えば、ピアーズには才能があったのだ。
早い段階で同期の中でも頭ひとつ飛び抜けた成果を上げられるようになり、自分がこの道に適性があるということを、明らかに自覚するようになる。
そしてそんな中で出会った、男性でも6割は脱落する過酷な陸軍のプログラムを突破した彼女もまた優秀で、ピアーズの良き理解者だった。
残念ながら軍での女性の立場はまだ弱く、長く前線に配属されることの叶わなかった彼女は、彼女の才能をより生かすために退役し、今は警察関係の仕事に就いている。だから、ピアーズがBSAAにスカウトされ、クリス・レッドフィールドについて行くと決めた時も、手放しで応援してくれた。
彼女となら、安定した関係が続けられるとピアーズも思っていた。だが、順調に自分の才能が開花し磨き上げられていく中でピアーズは、その思いとは裏腹に、これからふたりで寄り添って人生を過ごして行く事は、難しいのではないかと感じるようにもなっていた。
BSAAでの生活は充実している。
仕事と彼女と…その言葉を聞いたとき、実は痛い所を突かれたと思っていた。そして…
ピアーズにとって、BSAAとは、クリス・レッドフィールドそのものだった。




「流石だピアーズ、よくやったな。」
報告書にざっと目を通し、満足げな笑顔でクリスがうなづいた。
先日無事に完遂したその任務はαチームとしてのものではなく、BSAAから選抜された精鋭と米陸軍による共同作戦のものだった。選抜チームのリーダーをそつなく勤め上げたピアーズは今、クリスのオフィスでお褒めの言葉を受けている。
こういった任務は初めてではなかった。それどころか、こういうオブザーバー的な立場で派遣先へ送られることが増えている気がする。上部からの覚えもめでたいと、自慢の部下の活躍にクリスは上機嫌だ。
ーー俺が、あんなことを言ったからなのか?
ここ最近、ピアーズの心にもやもやと暗い感情が生まれ初めている。
クリスの隣にいたいと、その右腕でいることが誇りだと、確かに自分は本人に伝えた。
それなのに、クリスは自分を遠ざけようとしているのではないのか?
誰もがピアーズの功績を褒め、昇進が近いのではと囁き合ったが、そんなもの、ピアーズ自身は何一つ望んではいなかった。
あの日、すぐに後を追った筈なのに、クリスには会えなかった。
どうせ嫌でも毎日顔を合わせるのだからとそこまで気にしなかったが、あの時、あのすれ違いから、少しずつ歯車が狂いはじめていた。
「どうした、あまり嬉しそうじゃないな」なにか、気にかかることでもあるのか、とクリスが心配そうにピアーズの顔を覗き込んだ。
「いいえ、なんでも…。ただ、少々、疲れが出たのかもしれません」
そうか、ここのところ忙しかったから無理もないとクリスはすぐに納得した。
「少し休暇でもとったらどうだ。…あ、前みたいな無理はなしだぞ。いざというときのために、体調管理も仕事のうちだ」
お前を頼りにしているのだからと、いつも隊員達を安心させるあの優しい目で伝えられたクリスの言葉に、以前ならただ純粋に喜んだだろう。
「そうですね…。お言葉に甘えることにします」
ピアーズは素直にクリスの気遣いを受け入れた。
確かに、今少し時間が必要だった。
長いこと見て見ぬ振りをしていた事に、けじめをつける時間が。








「なぁ…まだいいだろう?」
甘やかな誘惑が、クリスの判断力を奪って行く。
「っ、す、少し、待ってくれ……あっ、こら、レオン…っ!」
立て続けに2度目を求められて、上がった息も整えられぬうちに再び喘がされる。
「はっ、う、んっ、ぅん…ん…」
抗議をしようと開きかけた口はすぐにレオンが唇で塞ぎ、熱い舌が乾いた口内を散々に犯す。
すでに力を取り戻したものをクリスの下腹にこすりつけながら、口づけの間に甘えた声でお願い、とささやき、クリスの機嫌を伺うように上目遣いで訴える。
レオンの不安そうな青い瞳を見ると、クリスは弱い。

気持ちに応えた時、レオンが隠しきれない喜びを露にしたのを見て、クリスもこれで良かったのだと思えた。
レオンは優しい。そして、惜しみなく愛情を言葉にしてくれる。クリスがその想いに疑問を持つ隙なぞ与えない程に。
それなのに、不安がっているのは、当のレオン自身だった。
レオンはクリスに対して不満なぞは一切言わない。無茶な要望を突きつけてきたりもしない。ただいつの間にかプライベートな時間に彼がいるのが当たり前になった。BSAAで働いている以外では孤独だったクリスの生活にするりと入り込んで、当たり前のようにそこに居る。
レオンだとて、この国を守るエージェントで、時間も有限だ。それでも時には無理をしてまでクリスの元へ帰り、近況の報告を求められる時、ベッドでクリスが制しても構わず我が侭に求めて来る時、そういう所々でレオンの束縛が見え隠れした。
もう墓まで持って行くつもりでクリスが奥底に閉じ込めた筈の感情が、レオンには見えているのだろうか。
そんな筈はない———
クリスは安心させてやりたかったが、どうすればそれができるのかわからず、わからないうちに、レオンが求めることにはすべて応じるようになっていた。
「ひっ」
うつぶせにさせられ、レオンが後ろから入ってくる。
ゆっくりとした抽出にもどかしさをかんじて思わず自分でも腰を動かしてしまうと、首のうしろでレオンが「可愛い」と笑う。
「もっとコレが欲しい?可愛いな。クリスは…随分上手におねだりするようになったね…?」
「ひゃ、あ、ん!んっ…!」
抽出を繰り返しながら、後ろから胸に回された手で両の乳首を強く弄られて、強過ぎる快感に腕のバランスを崩したクリスは枕に顔を埋める。
すっかり覚えられてしまった弱いところを攻められ続けてたまらず自ら前を触ろうと股間に手を伸ばすと、そうはさせまいとレオンにその手を押さえ込まれ、クリスが悲鳴を上げる。
「や、やだ、やだ、あっ…!もう、イカせ、て」
「ああ、ああ、いいよ。だけどこっちは駄目だ…」
レオンが動きを激しくするが、後ろだけの刺激ではなかなか達することができず、しかしそこ以外には触れることを許されないため、クリスは自ら腰を振って絶頂へと向かおうと必死にレオンの雄を銜え込む。
「クリス、クリス…っ!ああ、もっと、もっと…」
もっと、俺を求めてくれ。
レオンのどこか悲痛な声が、白く霞む脳裏にいやにはっきりとこだました。

始まりは、己の弱い心のせいだったかもしれない。レオンからの愛情を、自分の逃げ場に利用してしまった罪悪感がある。けれども、今は確かに、この想いに応えたいと思っている。こんなどうしようもない自分を必死に求めてくれる。帰る場所になってくれる。自分も彼にとってそんな存在になれるだろうか。そうなれれば良い。レオンは、俺を救ってくれている。
月明かりさえも入らぬ暗い夜が、甘い香りだけを纏って更けてゆく。








久しぶりに同じ時間に訓練場に立ったピアーズは、休暇前と打って変わってふっきれた明るい表情をしており、クリスはほっと胸を撫で下ろした。
近頃ピアーズに単独任務ばかり舞い込んだのは、別にクリスが操作したわけではなく、前々からピアーズの実力を見込んだ上層部が、次の世代のリーダーとして育てたがっているために仕方のないことであった。ただ、今まで最小限に押さえていたそれに立て続けに許可を出したのには、少なからずクリスの思惑も絡んでいる。
ピアーズをずっと手元に置いておくわけにはいかない。
本人の希望が優先されるとしても、やはり優秀な人材を自分だけが囲っているわけにはいかないと、もっともらしい意見を盾に、個人的な感情でも、クリスはもう少しピアーズとは距離を置くべきだと思っていた。
ピアーズを自分から解放したいからか、ただ、自分が楽になりたいからか。彼のためだと言いながら、これは自己満足のエゴかもしれない。先日の任務終わりのピアーズの、あまり見せない疲れた顔をみて、クリスは意図的にピアーズを遠ざけようとしてしまった自分の利己的さを少しばかり後悔していた。
なので、素直に休暇を満喫し、今はいつもどおりはきはきと立ち回っているピアーズの姿を見て安心した。次からは、逃げずに本人の意志をもっと尊重しよう。
もう、自分は大丈夫だ。邪な感情に支配される前の、良い上司と部下に、きっと戻ることができる。
レオンに感謝かな、と、今朝も名残惜しげに別れた顔を思い出す。
そんな風に思うのはレオンに対して失礼だろうか。この関係が失恋から立ち直るきっかけから始まったと知ったら、意外と嫉妬深い(こういう関係になってそれを初めて知って、正直驚いた)男はきっと怒るだろう。それも、時がたてばいつか思い出話として語ることができるかもしれないー。
そこまで考えられるくらいには、だいぶクリスの心は立ち直っていた。
だから、訓練が終わったあと話があるとピアーズに呼び止められたときも、何も怖じけることなく対峙できた。

「彼女と別れてきました」
雑談の時と同じトーンでさらりとピアーズが言ったので、クリスは一瞬何を聞いたのか解らなかった。
「まとまった時間をいただけたので、きちんと話せてよかったです」
にこっ、といつもの人好きのする爽やかな笑顔で、何の含みもなくピアーズは笑っている。
「そ、そうなのか…。」と言ったきり、なんと言葉をかけていいのか口淀んでいるクリスの目をまっすぐ見て、どうして、そんなこと報告するのかって顔してますね、とピアーズが言う。
たしかに、確かにそうだ。それを俺に言って、こいつはどうしたいんだ。
「本当は、もっと早くにそうするべきでした。俺はずっと、自分の気持ちに気付かなかった…いや、気付かないフリをしていたのかもしれません。そんな訳がないって。きっと、尊敬の念が強すぎて、ちょっとおかしな風になっているだけだって」
ピアーズ、頼む。それ以上は言わないでくれ。どうして、今更、そんな風に。
お前は、幸せにならなくてはいけないのに。
やっと俺は、本当に心から、そう願えるようになれそうだったのに。
「あなたの隣に立つことが誇りだと言ったのを覚えていますか?俺の、正直な気持ちです。
俺は、あなたの側に、自分の生きる意味をやっと見つけたと、思っています」
訓練場から響く銃声も、隊員達のかけ声もすべてが止み、ピアーズの言葉と、ドクドクと早打ちする自分の鼓動のみがクリスの耳に響いている。




「クリス、あなたを愛しています」
他のすべてを、捨てても構わない程に。






嵐の夜

気怠い余韻をまとわせたままベッドに伏せるクリスが、身支度をするレオンを眺めている。
眠たげにぼんやりとした潤んだ目に後ろ髪を引かれながらも、装備を整え部屋を出る準備を終えたレオンはベッドに近付き、行ってくる、と一言声をかけ横たわるクリスの額に口づけた。
名残惜しげに短い髪を少し撫でてから腰を上げ、玄関へと向かうレオンの後を、クリスがのっそりとついてきた。ぺたぺたと、その図体に似合わぬかわいらしい裸足の足音に、愛しさが込み上げる。
「どうした?寝てていいぞ」
クリスは余程のことがない限り、レオンの誘いを断らない。深夜に戻って来たレオンに起こされても、怒る事もなく迎え入れてくれる。最初こそクリスに嫌われたくない一心で行動をセーブしていたレオンも、しばらくするとそんなクリスの態度に少々甘えるようになってしまっていた。
「…長くなりそうなのか」と、クリスがレオンに問うた。
今夜もまた、しばらくこの州を離れる事になったレオンが出発直前のわずかばかりの時間を縫って、夜も更けた時間にクリスに会いにやって来て、そしてまだ朝も明けない内に、忙しなく発とうとしている。
「状況次第だが…そうだな、もしかしたらしばらくかかるかもしれない」
本当はさっさと片付けてここに戻ってきたい気持ちであったが、約束はできない。なんでもないふりで「俺がいない間寂しくても泣くなよ」などとからかうように言うと、なにか言いたそうに、しかし黙ったままのクリスの眉間にぎゅっ、と皺が寄る。
それを見て思わず、レオンはクリスを抱き寄せた。彼がこんな風に、離れることに不満げな態度を取るのは初めてだった。頬が弛みそうになるのをこらえきれない。嬉しい。まさかクリスがこんな、去り際にぐずるような真似をするなんて!
こみ上げる感情のままに口づけると、おずおずとクリスもキスを返す。そのままその肉体を再び探りたくなる衝動に耐え、必死の思いで身体を引き剥がした。
「気をつけてな…」自分の行動を恥ずかしがっているのだろうか、クリスが照れてうつむいたまま呟くように言う。
「お前もな、クリス」すぐに戻ってくるさ、と、ベッドで聞かせるくらい甘い声でレオンが囁いた。
浮気するなよ、なんて言おうとして、止める。クリス相手には冗談めかしてでもそんな言葉は使いたくなかった。







「隊長も行きましょうよ!」
チームの中で一番年若い隊員が、仕事上がりの飲みの場になんとかして自分達の隊長を引っ張り込もうと、躍起になっている。
隊員をみな家族だと言って憚らないクリスだから、その下にいる部下達の結束もまた強固なものになっていて、特にアルファチームの仲間意識の高さはBSAAの中でも有名だ。入ったばかりのころはこのMr.BSAAの持つ百戦錬磨の雰囲気に緊張してうまく返事すらできなかったこの新人隊員も、任務を離れた後の穏やかな姿を知る様になるにつれ、いつの間にかすっかり懐いてしまっている。
「いいや俺は…お前らも上司がいないほうが気楽だろう?」
ほら、と少しばかりの餞別を渡して帰ろうとするが、そんなことないですよ!金なんていいですから!と口々に言われ突き返されてしまう。
「ピアーズも行くだろ?」
クリスを囲んでいる輪の後ろのほうで聞こえた名前に、思わず息をのむ。
「隊長が行くなら行く」
きっぱりとそう答えたピアーズに、これだもんなぁ、と誘いをかけた隊員が苦笑いしている。「ほらほら、ピアーズもこう言ってるし、観念してください」
思わずやった目線の先がピアーズのそれとかち合い、クリスは一瞬たじろいだ。そんな隊長の心境を知ってか知らずか、にっこりと動じない笑顔を返してくる。
ここで断って皆が去った後に2人きりになるより、大勢でいたほうが良いかもしれない。そう考え、クリスはまとわりつく新人隊員に根負けしたかのようにわざとらしく大きなため息をつくと、わかったよ、と誘いに応じた。




あれからピアーズとの関係は、一見なにも変わっていないかのように見えた。ピアーズから気持ちを打ち明けられたクリスは、それに何も答えることができなかったが、彼がそれを責めることはなかった。前と変わらず副官のポジションでうまく立ち回っているし、隊長を困らせる様なこともしない…表面上は。
ピアーズはあの告白からというもの、クリスへの好意をほとんど隠さない。
前からそうだといえばそうなのだが、何かが違う。
今こうやって大勢で騒いでいる時も、クリスは常に自分に注がれる視線に見て見ぬふりをしている。ピアーズと2人きりになるのをクリスが意識して避けているのも、もう気付かれているだろう。
「ニヴァンスさん、どうして彼女と別れちゃったんですか?」
怖いもの知らずの新人が、酒の勢いを借りて先輩に絡んでいる。
まあ俺達のこんな稼業じゃあなあとフォローしようとする他の同僚の言葉も意に介さず、ピアーズは「もっと大切な人がいるから」と、悪びれも無く答えた。
マジっすか!いつの間に!?なんて、好奇心を押さえきれない後輩の声に紛れても、じっとこちらを伺う視線は外れない。クリスは、いたたまれない気持ちで手元のグラスを弄ぶ。
「そういえば隊長、この間の…」
黙り込んでいるクリスに気を使ってか、近くに座るマルコが最近あった任務の話をし始めたのが渡りに船だった。



聡い古株の隊員のうち何人かは、薄々なにか気付いているのかもしれない。
自分の発した言葉にわかりやすく動揺を見せたクリスに、さりげなく関係のない話題を振るマルコを横目で見ながら、ピアーズは思った。それでいい。もう俺は自分の気持ちをごまかしはしないと決めたのだから。
クリスは、自分では冷静なふりができていると思っているのだろうが、実際のところとても解りやすい。そうやってすぐ顔に出てしまうところは以前からも親しみやすく、好ましいと思ってはいたが、気持ちを自覚した今のピアーズにとってはそんなクリスが可愛くて仕方がなかった。つい今のように薮蛇をつついてしまう。
先程のピアーズの答えに色めき立つ後輩を適当にあしらいながら、先程より少しほっとした様子で部下と話し込むクリスを眺めた。
ピアーズは、自分が全く脈無しだと言う訳ではないと、確信している。
クリスの性格的に、男同士だから無理だとか、そういうふうには見れないとか、最初からその気がなければはっきり断っただろう。何も言えなかったのは、迷っているからか、少なくとも拒絶ではないはずだ。むしろ、とまどい意識する様子を見ていると、まんざらではないのではと感じてしまう。自分の思い上がりだろうか?
クリスに対するこの感情は、彼女へ持っていたものとはまるで違っていた。例えば彼女が他の誰かを好きになったとして、身を引く事が彼女の幸せになるのならピアーズはだまってそうしていただろう。そういう穏やかで優しいだけの感情で2人は成り立っていた。けれど、クリスが他の人間を…それこそいつかもしも誰かと結婚するなどということになったら。その位置に他の人間が収まる前に、クリスに近づく輩を片っ端から蹴散らしたくなる気持ちが湧いてくる。こと色恋に関してはドライだと思ってた自分のどこに、こんな独占欲めいた激しい感情があったのか、当のピアーズにも解らない。確かなのは、初めてそれを呼び覚ましたのがクリス・レッドフィールドという男であると言う事だけだ。


ささやかな宴もお開きになり、各々が家路につく。
地下鉄も終わっている時間、タクシーを捕まえようと歩き出したクリスに、ピアーズが声をかけた。
「同じ方向ですし、送っていきますよ」俺、あれで来たんで飲んでないんです。と、停めてあるバイクを指さす。
クリスは固まった。が、そう声をかけられるのはまだ想定の範囲内だったので、同じ方向と言っても遠回りになるだろう、大丈夫だよ、と、断りを入れることができた。
けれども、クリスに断られたピアーズの肩がみるみると下がり、落ち込んだ表情を見せられるとは予想もしていなかった。
「そうですよね、あんな事を言われたあとで、俺と…なんて、気持ちわるいですよね」
すみません、困らせてしまって…なんて、いつも明るい部下に似合わぬ心細い声で言われてしまいとっさに「そんなことはない!」と言葉が口をついて出ていた。
そんな、それどころか、自分は前から、彼に恋心を抱いていたというのに…。
それ以上は何も言えなかったが、ぱっと顔を上げたピアーズが「そうだったら、嬉しいです」なんて健気に笑うものだから、それ以上拒否することはクリスには出来なかった。
メットを受け取り、タンデムシートにまたがる。しっかり掴まっててくださいね、と言われておずおずと遠慮がちにピアーズの腰に腕を回す。
心のどこかで、夢見ていた行為のはずだったが、それを嬉しいと感じてしまう自分が汚いもののように思えてならなかった。




クリスの家まであと少しと言うところで、ぽつ、ぽつと雨粒がふたりの肌にあたり始めた。ピアーズはできるだけスピードを上げて路を急ぎ、なんとか本降りになる前にはクリスを玄関まで送り届けることができたが、再びバイクに戻ろうとした頃には、容赦のない雨脚が強く地面を叩いていた。
それでも何も言わずに走りさろうとするピアーズをクリスが引き止め、ぎこちない雰囲気のまま家へと招き入れたのだった。
「すみません、逆に俺がお世話になっちゃって…」
「気にするな。さすがにこんな大雨の中帰すわけにはいかないからな」
一応ゲストルームがあるし、あとシャワーを使いたいなら…と物の場所などを教えようとするクリスをさえぎって、ピアーズがその手をとった。
突然のことに、取り繕うこともできずにクリスの肩が跳ねる。
「…あなたを、愛していると言いました。それがどういう意味か、解っていますか?」
掴まれた手首に、体温の高いピアーズの指先が食い込む。熱を持った掌に、心臓まで鷲掴みにされた気分だ。
「ピアーズ、手を、」離してくれないか、となんとかクリスは訴えたが、離したらあなた、逃げるでしょう、と逆にそのまま引っ張られ、抱き寄せるように腕をとられる。
「いや…あなたが本気で逃げようと思えば、俺の力なんてたかが知れてるでしょう?」
どうして、突き放さないんですか。
ピアーズの、何もかも解っているかのようなまっすぐな視線がクリスを射抜く。
「俺の事、嫌いですか?それとも」
好き?
「好きじゃ…」無い、と、どうしても言えない。2人の距離が、どんどん近くなっている。
「クリス、顔真っ赤だよ」
うつむいたままのクリスを見つめたまま困ったようにピアーズが少し笑う。きっともうピアーズは確信している。自分が、彼のことを、どう思っているのか。
遠くで雷鳴が聞こえる。警告のようだ、とクリスは思った。
「ピアーズ、駄目なんだ。俺は…」


恋人が、いるんだ。と、確かにクリスはそう言った。
思ってもいなかった。だって、そういう話になるたび、クリスは自分には縁が無いと言っていた。それは嘘じゃなかったはずだ。だってクリスの嘘なんて、俺にはすぐ解る。
ピアーズに、自分を諦めさせようとするために言っているのではないのか。
「最近の、ことだから…言うタイミングが、なくて」でも、本当だ。
すまない。と、クリスが謝った。謝ってほしいわけじゃない。だって、それなら、どうして
「あなた、どうして、泣いているんですか…」
ショックを受けたのは自分のほうの筈なのに、ポロポロと、クリスの目から溢れる雫が頬を包むピアーズの指を濡らしていた。
自分が涙を流していることに今気付いたかのように、クリスがピアーズの手を振り払い距離をとろうとする。その勢いで着崩れたクリスの襟元から覗いたそれに、ピアーズは目を見張った。
「!ッピアーズ、やめろ…!」
必死の制止も意に介さず衝動のままにピアーズがクリスのシャツの胸ぐらを強い力で掴む。ボタンがいくつか飛び、床で固い音を立てた。

ひとつ、ふたつではなかった。

見る者を牽制するかのような、執拗に散らされたまだ新しい赤い痣に、これをつけた人間の強い執着が現れていた。いつも太陽の下ではただただ健康的なクリスの肌が、薄暗い部屋の中でかすかに差し込む外灯に白く照らされ、生々しくその痕跡を映し出している。
「もう、わかっただろう…」
うなだれたように黙ってしまったピアーズにクリスが言った。
さあ、これで、終わりだ。
クリスはそう思った。が、ピアーズは掴んだままのシャツをまだ離さない。
ピアーズ、と、宥めるようクリスが声をかけると同時にそのままピアーズが倒れ込んできて、咄嗟に受け止めきれなかったクリスは床に押し倒された。
そして、なにもかもの言い訳を封じ込めるようにピアーズがクリスの唇を噛み付くように奪った。




雷鳴が響いている。
稲妻が一瞬重なる2人の影を照らし、あとはすべて暗闇と雨音に掻き消されていった。








優しい人(A end)

あの忌々しいアークレイを脱出してからというもの、後ろを振り返る暇などなかった。
とうとう宿敵を倒す悲願を果たし、ふと立ち止まった時には、もうこの戦いに終わりなぞ無い事に気付き愕然とした。始まりの元凶を絶った所で、すでに世界に広がり続けている闇は、とうにクリス一人の手に負えるものではなくなっていた。
次の世代の育成に力を入れはじめたのも、いつかくる自分の限界が、見え始めてきた気がしたからだ。今すぐ辞めるなどと言うつもりはなかったが、もう手が届くところまできているだろう。
そうやって知らず知らずのうちにすり減らした己の精神から目を背けてやり過ごしていた時、出会ったのがピアーズだった。彼は若く、意欲と才能に満ちあふれていて、当然のようにBSAAの理念を背負い立つ気概溢れる姿を、クリスはいつも眩しい気持ちで見ていた。
終わりの見えない暗闇を駆け抜けて来たクリスにとって、彼はその先に続く光だったのだ。




ピアーズの快活な笑顔が好きだった。
今、クリスを上から見下ろす彼の目は、夜のような暗い欲望をたたえていた。時折差し込む雷光がそれに反射し、ぎらぎらと輝いている。
茫然と見上げるクリスをよそにそのはだけた胸元にピアーズが口を寄せた。きつく吸い上げられる痛みに我に帰ったクリスは慌ててピアーズを押し戻す。
「ねえ、恋人って、男?」
拒否を示すクリスに怯むことなくピアーズが睨む。「いくら情熱的な女でも、ここまでやるかな」これを着けたのは、男でしょう。今度は、断定するように言い放った。
答え倦ねておろおろとクリスが思考を巡らしているうちにピアーズは躊躇い無くその身体に手を伸ばす。
ああ、どうして俺はもっと早くに気付かなかったんだろ。ピアーズが皮肉げに笑う。もっと早くちゃんと自分の気持ちに向き合えていたなら。
「そうすれば、他の男なんかに貴方を触れさせやしなかったのに」
ピアーズがクリスを抱きしめる。ドキドキと、早鐘のように打つ心音を隠す事もできない。緊張しているんですか?見た事も無い男の顔でピアーズが囁く。怒っているような、しかし慈しむかのような、不思議な声色がクリスの意志を惑わす。
「ピアーズ、離れてくれ…」
「嫌です」
「あ…!ん…っ」
押し倒したまま抱きついているピアーズの膝が、クリスの両足を割って股間を撫で、やわやわと刺激した。抗議をしようと開いた唇を再び吸われ、クリスの手が思わず抱き返す様にピアーズの服の背を掴んだ。その間にもピアーズの手はクリスの着衣を乱れさせ、肌を辿り這い回る。
「…っふ、だ、駄目だ、ピアーズ、これ、以上はっ」
ひく、とクリスの足が跳ねた。ピアーズの指が、別の男に散々慣らされたそこに躊躇なく侵入してくる。無理矢理にも快感を引きずり出そうとする性急な愛撫に、クリスは胸を反らせ、苦痛の声を噛み殺した。
すっかり露になった胸板のその登頂に口をよせ、舌で転がすと、きゅう、と柔らかな肉がピアーズの指を締め付ける。
「くそっ…あんたにこれを教えた男を殺したいよ…っ」それがクリスと他の男との行為を連想させ、ピアーズの嫉妬を燃え上がらせた。
「このまま、抱きますよ」
最後の警告だった。
ピアーズが一度身を起こし少し離れた瞬間、クリスは自分の上にまたがる部下を押しのけ今度こそ距離をとった。咄嗟に反応できずされるがままに離されたピアーズをまっすぐ見据え、語りかけるようにクリスが言う。
「すまない、ピアーズ。俺は」
ピアーズのことが好きだった。こうなりたくなかったわけではないが、そんなことよりも彼が幸せになれるなら、それがなによりも重要だった。だから
「俺はお前のものにはなれない」
俺は、レオンを裏切れない。こんな気持ちのまま、お前に応えられない。
感情のままに今彼を受け入れても、その愛に充分に報いることが今のクリスにはできないのだ。そうするには、クリスの中でレオンの存在が大きくなりすぎていた。
「…すまない。でも、俺はお前の事を…」
クリスからのはっきりとした拒絶の言葉にぴたり動きを止めたピアーズへ、けれども自分は確かにその気持ちが嬉しかったことを伝えようとクリスが言葉を紡ごうとした途端、
強い力で今までにないほど荒々しく掴みかかられ、派手な音をたてて後頭部が床へ打ち付けられた。衝撃に息がつまり、目前に影がかかる。再びのしかかってきたピアーズの影だ。
「それでも」
一度灯った嫉妬の炎は、消えることなくピアーズの瞳をぎらつかせている。
「それでも、俺は貴方が欲しい」


雷鳴が去り、雨が上がり、そして空が白むまで、ピアーズはクリスを離さなかった。








疲れ果てて枕に沈むクリスの寝顔を眺めている。
眠りが浅いのか、閉じた瞼の下でわずかに眼球が動いているのがわかる。
目が覚めた直後、隣で寝入るクリスの存在にピアーズが幸福を感じたのは一瞬だけだった。おそらく、こんなふうに彼と朝を迎えるのは、これが最初で最後になるだろう。
彼からの好意を感じたのは本当にただ自分の思い上がりだったのだろうか。もしかしたら、ピアーズのことを思って身を引いたのではないのか…今となってはすべて想像でしかないし、だからといって今更クリスが恋人という男を裏切ることもないだろう。クリスの、そういうところが好きだ。それを知っているから、悲しかった。
眠るクリスを揺り起こし、もう一度自分の思いの丈をぶつけたい気持ちに駆られる。
伸ばした手は、しばらくうろうろと空中を彷徨ったが、結局その肌に触れることなく、ピアーズは、クリスを起こさないようそっとベッドを抜け出した。
このまま側に居てこれ以上、何かをしでかしてしまう前に。




支部が無人になることはないが、さすがにこの時間の訓練場には誰もいない。
ピアーズは適当に練習用の銃をとり、射座に立った。早朝の空気に銃声が響く。どれだけ心が乱れていても、もう随分見慣れてしまった的は目を瞑っていても外すことはない。
期待していたほどの気晴らしにもならず、早々に銃を下ろす。イヤーマフをはずすと誰かが射撃場に入ってくる気配を感じた。
「えらく早いな、どうかしたのか?」やってきたのはアルファチームのマルコだった。明るく話かけてくる口調がどことなく白々しい。
「別に…」
「昨日、隊長と一緒だっただろう。何かあったんじゃないか」
「何も無い。あったとしても、俺と隊長の問題だ」
他人には関係ない、と取りつく島も無いピアーズの態度に大きなため息をつき、おまえなぁ、とマルコは声を荒げた。
「関係なくないんだよ。お前が隊長を追いかけるのは勝手だけどな、隊長を慕ってるのはお前だけじゃないんだ」お前の心配をしてるんじゃない、とマルコは言う。
「お前と隊長に何があったのか知らないし、俺が首をつっこむようなことじゃないんだろう」
だけど最近のクリスはあきらかにピアーズへの態度が変だ。
「隊長はああ見えて、結構思い詰めるほうだから…」
「お前にクリスの何が解る」
ぴしゃりと言い放ったピアーズに、マルコは怒りよりも呆れが滲む表情で口を閉じた。
「…まるで自分なら解るみたいな口ぶりだな?」
少し頭を冷やせよ、と言い残しマルコは去って行った。
何もしらないくせに上から諭されて頭にきたが、彼の言う事はもっともだった。嫉妬にかられて、クリスを傷つけてしまったのは確かに、他でもない自分だ。
自分は、彼のことをそんなに解っているのか?
マルコがクリスを心配するように、彼の気持ちを慮った行動が出来ていたか?
彼を自分のものにしたかった。誰にも渡したくなかった。
けれどその前に、彼に向けていたのはもっと単純な感情であったはずだ。














「クリス」
自分を呼ぶ声がする。ああそうか、昨夜はピアーズが来ていたんだ。
「ピアーズって?」
目を開けた。レオンが、ベッドに腰掛けてクリスを見下ろしている。
「ただいま。さっき、帰って来たんだ…起こして悪かった」
早く会いたくてさ、そう言ってクリスの髪を撫で、穏やかな顔で笑っているレオンを見て、クリスは昨夜のことが夢だったかのように感じた。夢だったら良かったのに。
「おはよう…レオン、おかえり」
まだ少しぼんやりしている額にキスをして、夢を見ていたのか?寝言言ってた、とレオンが言う。
「ピアーズって、誰?」
昨夜からそのままの姿でベッドに横たわるのクリスの腕を、レオンが押さえている。さして力は入っていないが、静かに問いつめる目がしっかりとクリスの動きを封じていた。昨夜このベッドに誰がいた?と。
「レオン…話したい事が」
「それ、別れ話なら聞かないよ」
起き抜けの頭で意を決して口を開いたクリスは、遮ってきたレオンの言葉にそのまま固まった。
「理由なんて…他に好きなやつがいるとか、浮気して俺に悪いからとか、そんなの何があってもどうだっていい。俺は別れる気は無いから」
それでも言いたいことがあるなら、聞くが。と、思いもよらなかったレオンの言い分に何をどう答えていいのか解らないでいたクリスだが、
「それで、俺のクリスに手を出したのは、誰だ?」
自分にならともかく、他へと向かいそうなレオンの怒りを感じて、とにかく話を聞いてくれとあわてて取り繕った。
「その…着替えるから、リビングで待っててくれ」
「ここでいい、着ろよ」昨夜の名残を残す身体を見られたくなかったのだが、今のレオンの有無を言わさぬ雰囲気に逆らえず、なるべく素早く床に投げられっぱなしになっていた衣服を身につける。じっと見つめるレオンの表情からは感情が読み取れない。
「先に言っておくが…もし、それが合意の上でないなら俺はそいつを…」
あれは合意の上だっただろうか。少なくとも、ピアーズだけのせいではないとクリスは思う。
「レオン、お前に謝りたいことがある」
レオンの優しさに逃げて、ピアーズに背を向けた。自分のせいだ。




少し薄くなってきた自分が残した跡の上を、塗りつぶそうとしたように上から重ねられた痣を見て最悪の事態を想像した時は冷水を浴びせられた気分だった。クリスの話を聞くと無理矢理ではないと言うが、レオンはまだ半信半疑だ。クリスは流され易いし、少し自虐的だ。相手に好意を持っていたなら尚更…よくわかる。それにつけ込んだのは自分も同じだから。
でも、クリスが、思いを寄せていた相手よりも自分を選んでくれたと言うのなら、今回は目を瞑ろう。
何をされたのか直接その体に触れて確認したかったが、これ以上他の男の痕跡を見つけてしまったら、傷心のクリスをさらに傷つけてしまいそうで、我慢した。
「俺はいいかげんな男だよ。お前が、そこまで大切にするような人間じゃない」
「お前は俺を選んでくれたんだろう?」
「…でも、結局は拒めなかった。お前を傷つけてしまった、だから…」
クリスは口ごもった。本当に別れ話をするつもりだったのが、レオンが先回りして聞かないと言ってしまったので、話の着地点が解らないのだろう。
律儀な奴。なんだかレオンは可笑しくなった。「クリス、おいで」
ベッドに座るレオンにクリスがおそるおそる歩み寄る。レオンは側にきたクリスの腕をとり引き寄せる。バランスを崩したクリスをレオンが抱きとめ、2人はベッドの上に転がった。
「馬鹿だな」レオンがクリスを抱きしめて言う。「俺に黙って好きなやつの手をとれば良かったのに」
別の誰かと関係を持った事実は、確かにレオンの心の中で燻っている。けれどクリスが自分を選んでまだここにいることは単純に嬉しい。
馬鹿な奴だ。自分を繋ぎ止める檻に、自ら戻ってきたのだから。
「レオン、ごめん。俺は、今更こんなこと言っても信じられないかもしれないけど」
俺は、お前を好きだと思う。クリスの口から初めてその言葉を聞いた。
好きなんだ、ともう一度クリスが呟く。レオンの許しを得るように。
このままレオンとこの関係を続けるなら、そしてクリスが本当にレオンのことを好きになったなら余計に、この先ずっとクリスは罪悪感を抱き続けるのだろう。そしてその罪悪感は枷となり、レオンが望む限り外れることはない。それでいい。縛り付けてでも、レオンにクリスを手放す気なぞさらさら無い。
俺も充分、自虐的かもしれない。レオンは思った。こうやって何重にも予防線を張らないと、失うのが怖くてたまらない。きつく抱きしめられて、苦しそうに目を細めているが何も言わないでレオンのしたいようにさせているクリスが、自分を好きだと言っている。
その言葉が聞けただけで、レオンにはその真偽はもうどうでも良かった。嘘のつけないクリスの言葉。一度口にしたら、それがクリスの真実になるだろう。
馬鹿な奴だ。こんな厄介な男に、捕まってしまって。
「信じるよ」
レオンはクリスに優しく口づけた。この馬鹿で愛しい男が二度と自分を突き放せなくなる程、優しいキスを。













「でも俺は、隊長のこと好きですよ」
別にそれは俺の自由でしょう。あっけらかんとピアーズは言った。クリスは、返す言葉もない。
レオンに向き合うと決めてから、もう今更ピアーズに自分の想いを明かすつもりはなかったが、このままうやむやにする訳にはいかないと、ピアーズを自分のオフィスに呼び寄せた。
ピアーズは無体を強いた事について土下座せんばかりの勢いで謝ったが、だからと言ってただ諦めるつもりはないと、妙に吹っ切れた表情で言ったのだった。
「俺は見返りを求めてクリスを好きになったわけじゃないですから。貴方の側で、貴方の背中を守って戦えたら…もともと、それで良かったんです」
明るい笑顔は、クリスが好きだった顔だ。
「俺は…俺は、お前に、幸せになって欲しかったんだ」
「俺は貴方を選んだけど、貴方は、貴方の恋人を選んだ。…何もクリスのせいなんかじゃないですよ」
それに、もし貴方が恋人と別れても、俺はずっと一緒にいれますからね。あ、じゃあ別に諦めなくてもチャンスはあるってことですよね?そんな風に言われてクリスはあわてた。
「えと、それは、その、困る…お前をそんな風に縛り付けるわけには、俺は」
「俺の幸せを勝手に決めないでもらえます?」
そういえば、今までピアーズに口で勝てたことはない。ううむ、と黙り込んだクリスを、ピアーズは楽しそうに見つめている。
彼の肌を知ってしまった今、自分の物にできないことに悔しさはある。けれど、きっと自分は誰よりもクリスと過ごす時間は長い。
貴方の側で戦い、貴方の為に死ねるのは、俺だ。それは誰よりも濃い絆ではないか?
「恋人に伝えてください」
ざまあみろって。
クリスの困り顔を見て、そんな可愛い顔しないでください、とピアーズが悪戯げに笑う。それでもし仲がこじれても、クリスには俺がいますからね。
確かに自分がああだこうだ言葉を取り繕ったところで、家族に等しい仲間としてその絆を断ち切ることなど、できない。
できないが、それをクリスの嫉妬深い恋人が納得するかどうかは、話は別だ。
レオンの腑に落ちなさそうな顔が脳裏をかすめ、クリスはもうため息をつくしかなかった。




一人になったオフィスで、ピアーズの言葉を考えていた。
自分を守って死ぬなんて、そんなこと想像もしたくなかったが、自分達の明日がどうなるか解らないのは確かで、それはレオンも同じだ。
最初の夜に見せたレオンのすがるような手を思い出す。あのいつも冷静なレオンが、自分にだけ時折見せる弱さや、些細な我が侭が愛しかった。
いつか互いが知らないところで、どちらかがその幕を閉じることになるかもしれない。いつか来るその時まで、あの強くて優しい男が帰りたいと思う場所になれたらと願っている。
クリスは立ち上がり、部屋の明かりを落とすと、レオンが待つ家へと帰る為に部屋を出た。









太陽と夜(B end)

クリスの名前は軍にいる時から知っていた。
初めて会った時の印象を覚えている。鍛え上げられた体躯に低く落ち着いた声、無骨でタフな雰囲気。想像通り強い男の象徴のような人。対バイオテロの英雄。
「英雄なんてモノじゃないよ」と彼は苦笑いした。この人の背中をしっかり見ていこうと思った。
ピアーズは昔から物事を客観的に捉える性質を持っていて、親しみやすい性格と人当たりの良い外見からあまりそうとは思われないが、物事と自分を切り離して考えることが得意だった。自分にそういう冷たい面があることも自覚している。陸軍所属の頃もBSAAに入ってからも、畳み掛ける様に降り掛かってくる犠牲に精神的に耐えきれず、去って行った者の背中を何人も見送ったが、ピアーズはたとえ友人を亡くし悲しみに暮れようとも、切り替え立ち直る時間はそう多く必要としなかった。それよりも前を向き進み続けることが、彼らへの手向けになると信じてもいた。
クリスなら自分と同じ、いや、それよりももっと多くの苦難を超えてきて、精神的にもずっとずっと強いのだろうと思っていた。

しかし、隊長は。この人は。

彼はとても感情的だった。そしてそれを露にできる立場ではなく、暗い悲しみを心の奥に押し込めて重荷を負い続けていた。彼は最初から今まですっと、何も知らないまま理不尽に倒されていった仲間達の為に戦ってきたんだろう。張り詰めた精神はあと少しつつけば壊れてしまいそうな危うさがある。それをずっと長い間、誰にも知られぬよう、逞しい肉体で覆って隠していた。
そしてそれに気付いてもピアーズは、決して失望したりはしなかった。
そんな優しく繊細な彼の人間性を愛していた。だからこそ、彼は希望なのだと尚の事強く思った。
冷静に見るのは俺の役目だ。足りないところは自分が補えば良い。彼が深い悲しみに捕われても、自分が側で支えれば良い。側にいて彼の痛んだ心を守れれば良い。いつまでも共に有りたい。


自分が気付くずっと前からもう、それは恋だった。







嫉妬に後押しされた荒々しいピアーズの口づけを退けようと押し返してきたクリスの腕は、戸惑っているのだろうか、大した力でもなく、ピアーズにも難なく押さえ込めた。抵抗が弱々しくなるにつれ、ピアーズの血が上った頭も少しずつ冷静さを取り戻す。
腕を押さえたままクリスの顔を覗きこんだ。困った様な、泣きそうな顔をしながら、息を整える様が妙にそそる仕草に写り、ピアーズにはっきりと情欲を自覚させた。いままで、彼がそういう対象になるはずがないと頭から思い込んでいたせいで意識したことがなかったが、一旦気がつくとなんて無防備でつけこまれやすい人なんだ、と、自分の行いを棚に上げて少し腹立たしい気分になってくる。
「あなたを…抱きたい」
「ピアーズ…」
「だけど、苦しめる様なこともしたくない」
名残惜しげにクリスの濡れた唇を指で拭い、ピアーズは身を離した。解放されたクリスも黙って起き上がる。気まずそうにこちらを伺うクリスに向けて、ピアーズは無理矢理笑顔をつくる。
「すみません、ゲストルーム、借りますね」
「あ、ああ…」
さすがにこのまま2人きりでいて、平常心でいられる自信はない。
「頭を、冷やします」
なるべく、クリスの顔を見ない様に部屋を出た。



一人になると否が応でも考えてしまう。
彼の匂い、体の暖かさ、唇の感触。
いつもどんな顔をして、恋人に抱かれているのだろう…。
「くそっ…!」
何故、それが自分じゃない。物わかりの良いフリはできても、わだかまる感情はコントロールできない。
今夜は眠れそうにない。






何十回と寝返りを打ってじりじりと長い夜を明かした。できれば、クリスが目を覚ます前に出て行こうと思っていたが、明け方はまだ雨が強く降っており、ようやく出発できそうな天気になったころにはもうクリスも起きて寝室から出て来ていた。彼もあまり眠れていないようだった。
互いにぎこちなく朝の挨拶を交わし、クリスにすすめられるままにテーブルについた。客人がいるからか、いつもの習慣なのか、思いのほかきちんと朝食を用意するクリスに意外ですねと思わず零すと、失礼なやつだな、と軽い抗議が返って来て、互いの顔を見合わせ笑った。
それで少しは暖かい気持ちになったが、ストックされた使いかけの食材や微妙に揃った食器などを見ていると否が応でも彼と誰かとの生活を連想してしまい、ピアーズは静かに、しかし自分でも驚くほどに傷ついていた。いつのまにか、今まで勝手に自分こそがクリスに一番近いのだと、思い込んで安心していたのだ。彼のことなら、なんでも解ると。こんな些細なことさえ、知らなかったのに。
あんなに側にいたのに、何も、自分の気持ちにさえ気付かず、ぐずぐずしているうちに他の男に間に入られていただなんて。昨夜何度も気持ちを落ち着けた筈なのに、やはり、駄目だ。
このまま聞き分けの良い部下の顔をするのも限界だ。諦めることなんて出来ない。
コーヒーの入ったマグカップをクリスがピアーズの前に置いた時、ピアーズがそっと、その手に己の手を重ねた。
「クリス、俺にもう望みはありませんか?」
クリスは、黙っている。ピアーズにとられた手は、特に抵抗なく、そのまま握られていた。
「あなたを困らせてることは解っています。それでも俺は、やっぱりあなたを…」
「ピアーズ、俺は」
クリスが意を決した顔でピアーズの言葉を遮った時、玄関が開く音がした。




「えーと…俺の部下のピアーズ・ニヴァンスだ。ピアーズ、こっちは…」
「Mr.ケネディ。存じております。以前レポートを拝見しました」
「初めまして。…それは光栄だね。BSAAのエースに覚えてもらえるなんて」
さすがのクリスにも、この場の空気ぐらいは読める。よく知る2人の男が、いつもよりもずっと丁寧で、尖った挨拶を交わすのをなんとも言えない気持ちで見守っていた。
「外のバイクは」
「あ、ああ。ピアーズのだ。昨夜はすごい雨だったから、それで…」
そうか、いいの乗ってるな。ええ、まあ。なんて白々しいトーンの会話が聞くに耐えないのは、自分が後ろめたく思っているからか。レオンに、そして、ピアーズにも。
「レオン、朝食がまだだったら、お前も…」そのまま聞いているのもいたたまれなくて、クリスがレオンとピアーズの間に割って入った。
「そうだな…これ、お前が?」テーブルの上の食事を見てレオンがくすりと笑う。「この前俺が用意したのとまったく同じだな」
それはその通りで、きちんとした食卓など準備したことのないクリスが、レオンが適当にストックしてあった食材を使って、いつかレオンに振る舞われた時を思い出しそのまま真似して並べたのだった。昨晩ぎくしゃくしてしまった、ピアーズとの会話の糸口になれば、と…。
「まあその、見よう見まねで…」なんだか自分が滑稽な真似をしているようで、バツが悪く顔を赤くするクリスをレオンがにやにやと見つめている。
「俺、そろそろ行きます」
その2人のやりとりを見て何を察したのか、ピアーズが席を立った。
レオンの手前、引き止めるのも間違っている気がして、帰り支度をするピアーズをクリスは黙って玄関先まで見送りに行く。
「泊めてくれてありがとうございました、隊長。あと朝食も」
昨晩ひととき見せた情熱はなりを潜め、朝の太陽に似合う笑顔でピアーズが礼を言った。
「なんだか急かしてしまって悪かったな…」先ほどの話の続きを、またあとで、と言いたかった。が、レオンの顔を見て、クリスは決心を鈍らせてしまっていた。この一晩、ピアーズに自分の気持ちを打ちあけるかどうか考えていた。レオンとの事は別にしても、誠実に向き合おうとしてくれた彼に報いるために、本当の気持ちを言うのなら今だと思ったのだが…ピアーズは、もう、なかったことにして欲しいだろうか?
それ以上声をかけあぐねているクリスをピアーズはしばらくじっと伺い、その後ろからレオンが来ないことを確認すると、そっとクリスの耳元に唇を寄せた。
「話の続きは、支部で」
はっとクリスが顔をあげると、さっと離れたピアーズがにこっと笑い、バイクの方へ走って行った。


エンジン音が遠ざかる。後には朝のさわやかな空気だけが残った。
ピアーズは決断した。自分の気持ちを偽ることなく、彼女との関係を反故にしたのだ。
自分も腹をくくるべきだと、クリスは思った。










「いつか、それを言い出すと思っていた」
クリスの告白を聞き終えてレオンが静かに言った。驚いて言葉の無いクリスを見つめ、寂しそうに笑う。
「いや、他に好きなやつがいるとまで、解ってたわけじゃない。だが、お前はいつも、心ここにあらずって感じだったよ」
そして、一度も俺を好きだと、愛していると言ってはくれなかった。
「レオン…」
クリスは思わずレオンに触れようと手を伸ばしかけたが、はっと気付いて止める。もう、自分にその資格はないのだ。だがレオンは下ろしかけたクリスの手を迷わず握り、引き寄せる。そして痛い程の力で抱き締めた。
「それでも…俺は、俺は、このままでも良かったんだ」こうしてお前を抱いていられるなら。
クリスは彼に何と言うべきなのか解らなかった。これ以上の謝罪も慰めも、相手を惨めにさせるだけだ。
「レオン…こんなことを言われても、お前は嬉しくないかもしれないが、俺は…俺は、お前に救われていたんだ。本当に…お前と居る時だけは、孤独を感じなかったんだ」
そして、そのためにお前を利用してしまった。すまない。と、結局謝ることしかできない自分が歯がゆい。
「謝るな。そんなことはどうでもいい!俺を利用したいならそうしてれば良かったんだ!ずっと…このままずっと……っ!!」
初めて聞くレオンの激昂に、クリスはびくりと体を強ばらせた。彼が取り乱すところなど、見た事が無かったし今まで想像もできなかった。
お前を愛しているのに、こんなにも!!
そう訴えるレオンの目は、まるで憎い者を見るかのようにぎらぎらと刺す鋭い光を宿していた。
「レオ、ン………っ!」
レオンの手が首もとに食い込んだ。息を奪うようなキスだった。
2人の体がテーブルに当たり、音を立てて残った朝食が床へ落ちる。側の椅子と一緒に倒れたクリスの上にレオンがのしかかり、貪るように手が、唇が体を辿る。
クリスは、必死で息を吸い、そして、体の力を抜いた。
一切の抵抗を放棄したクリスの肢体をしばらく撫でていたレオンだったが、はあっ、と大きく息をつくと、起き上がってその体を離す。
うつむいたまま、長い前髪で隠れて表情は見えないが、怒っているようにも、泣いているようにも見えた。
クリスは乱れた服をのろのろと整え、立ち上がる。床に座り込んだままのレオンに手を貸そうとしたが、彼はもう、その手をとろうとはしなかった。
「行ってくれ。お前の気持ちは解った。……俺にも、考える時間をくれ」
クリスには今度こそ、彼にかけられる言葉が何も無かった。
いままで、ありがとう、と必死の思いで絞り出した一言も、それが適しているとは思わなかったが、それでも最後に何か言わずにはいられなかった。











今の気持ちのままフィールドに立っても人に指示をできるような状態ではないと思い、オフィスで貯まっていた事務仕事を片付けようと部屋にこもっていたが、何度か繰り返し目を通さないと書類の内容も頭にはいってこず、あきらめてクリスはデスクを離れ、窓から見える演習場を見るとも無しに眺めた。
もう、西日が差し込む時間になっている。
話は支部でと言われたものの、時間や場所を指定したわけでもない。今日はピアーズには会わないかもしれないな、と思っていたが、優秀な部下は律儀にクリスのオフィスの扉をノックした。
「あれ、全然終わってないじゃないですか」
結局読まれず仕舞いだった書類の束に目をやり、もう、俺が見てないと駄目ですね、とピアーズは笑った。こうやって明るく振る舞っているのも、自分を気遣ってくれているからだとクリスは知っている。そしてそんなピアーズを愛していた。もう随分長い間…。彼も同じ気持ちでいてくれるなんて思っても見なかった。展開が早過ぎて自分の中でうやむやになっていたその事実が急に手の届くところに降りて来て、クリスは胸がいっぱいになった。ピアーズに思いを告白されてから今ようやく、純粋な嬉しさと幸福を感じて、意識する間もなくクリスの目から涙がぽろりとこぼれ落ちた。
「くっ、クリスッ!?どうしたんですかっ!」
ピアーズがあわてて側に走り寄る。クリスも慌てて目を拭うが、意志に反してぽろぽろと涙が溢れてくる。
「あ、ぅ、す、すまない、なんでもない…」
「なんでもなくて貴方が泣く訳ないじゃないですか」いたわりのこもった声色で部下が言う。無闇に目を擦ろうするクリスの手をそっと押さえて「俺が、貴方を困らせているからですか…?」と、おそるおそる訪ねる。「違う、ピアーズ…俺は…」

クリスは、告白した。
ずっとピアーズのことをそういう意味で好きだったこと。
自覚したその瞬間から、気持ちは墓まで持って行こうと決めたこと。
大事な人が居ると知って、彼女との幸せを願いたいのに傲慢にも傷ついてしまったこと。それを、レオンに慰められたこと。そして、すべてを今朝、レオンに話したこと。できるだけ正直に、ピアーズに気持ちを打ち明けた。
お前は、自分が進むべき暗闇を、照らしてくれる光だと。

ピアーズは、黙って聞いていた。
クリスが話終え、ほっと息をつく。それと同時に、自分の手を握っているピアーズの手が震えていることにやっと気が付いた。
「ほんとうに……?隊長……クリス、クリスが俺のことを…?」
ピアーズの顔を見られず俯きがちのまま、クリスはこくり、と頷く。
途端にぎゅう、と勢いをつけてピアーズが抱きついてきた。
「どっ、どうしてっ、もっと早く…いや、でも俺が…そう、そうか。俺は、俺は馬鹿だ。もっと早く気付いていれば…」なにやらぶつぶつとまくしたてていたかと思えばがばっと身を起こし、クリスの頬をそっと掌で包み顔を上げさせる。
「クリス…嬉しい。本当に。俺、今までで一番っ…」
とうとう言葉にならなくなってきたピアーズの頬に今度はクリスが手を添え、その唇に静かに口づけた。
「そう言いたいのは、俺のほうだ。こんな浅ましい俺を、選んでくれて…ありがとう」
お前を、愛している。
目尻に涙を残したまま微笑むクリスに、今度はピアーズが口づけた。クリスからのそれとは違って、深く、長い、情熱的なキスだった。





そのまま事に及んでしまいそうな程の熱烈なキスと抱擁を受けて、なんとかピアーズを押しとどめたクリスは、この後夜のシフトが入ってることを逸る部下に思い出させた。優等生な彼には似つかわしくなく駄々を捏ねたピアーズだったが、さすがに隊長としてこんな場所でこれ以上のことを許すわけにはいかない。そこは頑として譲らなかった。先ほどまで己を想って泣いていた可愛い上司の固辞な態度にピアーズは不満げだったが、しぶしぶと従った。それでも嬉しそうな表情を隠そうともせず、「失望させませんから、待っててくださいね!」と、落ち着かない感情のままにどたばたと持ち場へ向かって行った。失望させないって…ナニに対してだ…といささか懸念を抱いたが、ふっ、とクリスの口から笑みが溢れる。
だが、幸せだけを感じていたのも束の間、ちらりともう一人の男の影を思い出す。彼は…
また、どたばたと今度はこっちに向かってくる足音が聞こえてきて、ドアの方を見ると、戻って来たピアーズがさっと顔を出して、「言い忘れていました。俺も貴方を何より愛しています!」と二度目の宣言をし、真っ赤になったクリスの顔を満足げに眺め、では!とまたそのままの勢いで掛けて行った。
大丈夫だ。自分はもう、何も詐ることはない。彼を、レオンを欺いてしまったことで、罰を受けることがあるならそれも構わない。ピアーズと歩むこれから先の未来だってどこまで続くのか、何の確証もないが、もう、それを迷うのは辞めよう。今、己の太陽がここに居るのだから。






ピアーズの仕事が終わるまで待っていても良かったが、何事もなさそうなら次の任務に備えて睡眠をとって置こうと、昨日眠れなかった疲れを感じつつクリスは外に向かった。
体力に自信はあるが、やはり歳かと思いつつ暗くなり始めた駐車場で自分の車を探していると、見知った車体が側まで近付いてきた。
「レオン…」
運転席のウィンドウが開く。
「乗ってくれないか。…それとも、もう話もしたくない?」
そんなはずがない。すぐさま否定すると、ほっとした様子で弱々しく笑うレオンの顔にズキリとクリスの胸が痛む。
助手席にクリスが乗り込むと、ゆっくりとレオンは車を発進させた。
「大人げない真似をしてすまなかった…」
落ち着いたレオンの様子にクリスは安心した。ただただ、申し訳なさだけが募る。
「いや、お前が謝ることはない。俺が悪いんだ」
先ほどまで気が張っていたからか、安心したら疲れがどっと押し寄せて来た。
「あれから…考えたんだが」
走る車体に規則正しいリズムで揺すられ、少しずつ、眠くなってくる。
「お前が誰を想っていても、俺はお前が欲しい」
レオンが何か言っている。一生懸命聞こうとするのだが、睡魔が一気に襲ってきて、目を開けていられない。
「誰にも、渡したくない」
ああ、なんだか良い香りがする。レオンの香水だろうか?
クスクスと笑う声が聞こえる。レオン?
「可愛いね、クリス。笑顔も好きだが、困った顔も、怯える顔も、泣き顔も……全部好きだよ」


そして、夜が来た。







        
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